呼吸法で、〇〇から解放される

こんにちは!
先日、ヨガの師であるマスター・サティシュジが「呼吸法はリラクゼーションではない」とおっしゃっていました。

呼吸法がリラクゼーションじゃないとしたら、何なのかというと…
「リバレーション(解放)への道」だとサティシュジはおっしゃいます。

解放…?
何から何への「解放」を意味するのでしょうか?

インドの伝統的な価値観では、「リバレーション(解放)」は「無知からの解放」という文脈で語られることが多いです。
自分をこの体、この心だと勘違いしている「無知」からの「解放」のことですね。

そもそも「自分はこの体や心だ」と思うから不幸なのだと、インドの伝統的な価値観は指摘します。

あらゆる存在は、本来は無限の存在で、生まれることも死ぬこともないなかで、
「体や心」という有限の存在を自分だと思いこんでいるから不幸なのだ…と。

たとえば、わたしたちは「体」が病気になったり、「心」が傷ついたりすると大騒ぎします。
「体や心」を「自分自身」だと重ね合わせて見ているから苦しいわけで、本来の自分は体でも心でもないのです。

マスター・サティシュジのお話は、上記のような意味合いではなかったですが、わりと近い文脈で話されていたように感じます。
今日は「呼吸法はリバレーション(解放)への道」の意味を考えてみましょう。

「マインドの奴隷」から解放される

マスター・サティシュジは、「呼吸法は、リバレーション(解放)への道」だとおっしゃいました。

何からの解放かというと…
「マインドの奴隷」状態からの解放を意味するように感じます。

わたしたちの「体」と「心」はふだん分離していることが多いです。

たとえば、「体」が必要としない食べ物を「マインド」がほしがったり、
「体」が必要とするワークアウトを「マインド」が面倒くさがったり…

体の声を無視して、マインドの言いなりになっているのが実情ではないでしょうか。

しかし、呼吸法を練習してマインドをコントロールできるようになると、
「より強い人間になれる」とサティシュジはおっしゃいます。

本当に必要なものをとりいれ、不要なものは「いらない」と断る「意志力」をやしなえるのだとか。

たとえば、レストランで体に悪そうなメニューしかなかったら…
「食べたくない」と思えるようになるといいます。

「体に悪そうだけど、お腹へってるし、食べよう!」とはならないのですね。

まさに「マインドの奴隷」ではなく、「マインドをコントロールできている」状態といえます。

呼吸法から瞑想へ

瞑想

呼吸法を練習すると、なぜ「マインドの奴隷」から解放されて、意志の力をもてるのでしょうか。

呼吸法は特殊なテクニックではあるけれど、シンプルに考えると…
息を「吐く」「吸う」「止める」の3パターンしかありません。

しかし、深呼吸をするとマインドが落ちつくように、
「呼吸」にはたらきかけることで、呼吸と関係の深い「マインド」をコントロールできるのです。

マスター・サティシュジによると、呼吸法を練習することで「思考をコントロールし、瞑想しやすいマインドがえられる」とのこと。
呼吸法と瞑想は深いつながりがあるともおっしゃっていました。

ふだんの生活で「マインドの言いなりになっている…」と感じる方や、「もっと意志力をもちたい」という方は、呼吸法にとりくんでみてはいかがでしょうか。

過去や未来へとあちこち思考する「モンキーマインド」にもきっと効果的なはずです。

わたしのクラスでも「呼吸法」をとりいれていきたいと思います。
8月までのクラススケジュールをアップしました。

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